ジーニアス賞

No.79
Δ ゆらデルタユラ
1998年9月13日生まれ (22才)
163cm / B123456789 W123456789 H123456789 / 一個人 /
自己紹介PR
私も含め私の周りの人間は人間以外になったことが無いので、私に人間らしくしろとは言ってこないし、多分人間というのはいつまでも私たちがそれである限りずっとわからなくて本当に面白くてずっと興味が絶えないです。車輪やAIに至るまで、科学技術は残り続けるけど、人間の死亡率は100%なので、どんなに頑張ってもその生きてる時間の中でその世代で人間としての質が飛躍的に全体的に上がることって難しいと思います。だから今生きてるすべての人が幸せになることは難しい。もしかして人間は脳みそオーバーフローし続けてるんじゃないかとか、それでも生きていけてるあたり実は人間大したことないんじゃないかとか、何かの説で読んだ宇宙は広くて文明を持つ星はあるけどその文明は必ず滅びるからそれぞれの星は交信に至らないとか、いろんなこと考えるのが好きです。
一方で私はとても人間に臆病な面もあります。私の発言が誰かの運命を変えるのが怖い、芽を摘んでしまうのが怖い、その人の禁忌に触れるのが怖い、今これを読んでるあなたのことを私は本来微塵もわからないのです。人間は独りでは生きられないのと同じぐらい隠された(誰の?誰から?)悪を注意深く拒まなければならない。とても難しいと思います。
それでもたまに人との間に何か確信めいた関係が分かることがあって、その時にお互いの幸せを気持ちよく願えるとすごく嬉しいです。
ミスiDに出たのはその瞬間をたくさん見たいからです。もちろん全人類とそんな風になれるなんて思わない、というかおそらく大半は私に見向きもしないのが正常であると思います、だから見つけてなんて言わない、ただ私の今までの人生が証明してきたように私と惹かれ合う人は多分少なくない。もし、何かピンと来たらその時はお会いして握手でもしましょう。

最後に私は私以外になりえないためうまく説明できないから、友人の言葉を借りて自分の性質をお話しします。多様性を認めなくても生きていける環境なのにその多様性を認められる効率の良さ能力の高さが私のいい所、だそうです。驕ることなく下品にならずこの言葉を受け止めたいです。

みなさまよろしくお願いします。



将来の夢:懸命生き続けてきたその積み重ねが愛しいと思えること

特技:複雑な駅構内での初見での電車の乗り換え、地図を読むこと

好きな映画:スワロウテイル、この世界の片隅に、茄子アンダルシアの夏、気狂いピエロ、2001年宇宙の旅、実は二時間じっとするのが得意じゃないです

好きなアーティスト、音楽:気分によって変わるのでここには書けません。今の気分はMONDO GROSSOのラビリンスです

好きな本:夜と霧、斜陽、怠惰の美徳、車輪の下で、生きる(谷川俊太郎)、判例百選、フェルマーの最終定理

「これだけは人に負けない!」というもの:SI単位系の中で全人類に負けないものというものはありません。定量的でない、dimensionの曖昧なものを比較するのはナンセンスだと思いました。

人生で「これだけは経験しておきたい」こと:挫折

落ち着くと思う場所:誰もいない教室、大学で目立たない位置にある休憩スペース、私以外の人のいない空間

あなたにとってのアイドル:完全な偶像という意味では神様しかなりえないと思いますが、お互いのこと永遠に理解することができず自分で行間を読まなければならないという意味では生活を営む限り周りにいる人はみなアイドルにならざるを得ないと思います。
審査員のコメント
今泉力哉
頭の良さからくる言葉のスピード。誰かと似てるとか比較するのって一番ナンセンスと知りながら、どうしても私は山戸さんに近いものを感じながら見ていました。そして父との話やいろんな話。どれもこれも魅力的でもっともっと話を聞いていたかったです。勉強ができるとかそういうことじゃなくて、の、頭がいいっていうか。とてもおもしろい人だなって思いました。その思考に興味があるというか。きっと何者かになっていくんだろうなって、一番感じた人かもしれません。
小林司
安易に「天才」と言う言葉を使った賞にしてしまい、まず最初に謝ります。申し訳ありません。でも、溢れ出てくる言葉は、まるでオーネット・コールマンの音階のようにひたすら自由で予測不能。「だらだら」と「速射砲のように」が両立する喋り方は、僕だけでなく、選考委員に」「今まで聞いたことがない」という衝撃をもたらし、思わず「天才だ」と誰もが思ったのだ。
一つの話が終わったと思ったら、遊びのような埋める言葉が挿入されいつの間にか別の話になっている。かと思うといつの間にか時空が歪み戻っている。多次元トークとでも言うんだろうか。トーク全体で醸し出す雰囲気もすごく自由で、そこに天才性を感じます。
アメリカには、スタンダップコメディという、コメディアンが観衆の目前で演じる即興話芸のジャンルがあり、いわゆるお笑いというよりは政治風刺だったり洒落た下ネタだったり、内容は幅広い。音楽と音楽の合間とかに、Δゆらがそんなことをやってくれたらお金払って観に行きます。やりたいなあそういうの。
それは案外音楽的な感覚かもしれず、最近始めている音楽への興味もとても興味深い。ある意味すごいアイドル性なので、とにかく人前に出てほしい人。
SPOTTED PRODUCTIONS
隙間恐怖症の裏返しなのかマシンガントークで何やら熱弁してる姿にまあ落ち着いてお茶でも出してあげたくなってしまう気持ちになりました。